こんにちは、青山です。
今回は掏摸(著:中村文則)のレビューとなります。


↑画像をクリックするとamazonの商品ページへ遷移します

「掏摸」のあらすじ

“僕”は東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、スーパーで万引きしようとしている母子に出会う。
同情からか、彼は子供にスリの手法を教えた。徐々に心を通わせる二人。そこに、木崎という闇社会に生きる男が現れて“僕”にこう囁いた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す」“僕”は、あの母子はどうなってしまうのか?

描写がリアル、読み応え抜群

窃盗をモチーフにした作品と言えば、映画「万引き家族」が記憶に新しいですね。
しかし、なかなかそういう作品はないんですよ。
やっぱり、反社会的行為だからでしょうね。

作り手にそういう経験がないから、他者の経験を借りて、つまり“二次情報”(注1)をもとに想像を膨らませる必要があるわけです。そうすると当然、リアリティに欠けるんですよ。普通はね。

でも、この作品は違いました。スリの描写が実にリアルです。
巻末に参考文献が四つ載っていますが、それを読んでスリの技術は得られても、その時々の状況によって目まぐるしく変わる行為者の心理までは知ることができないでしょう。
それを補って余りある著者の描写力は圧巻です。

スリの描写も素晴らしいですが、万引きしようとしていた母子に出会ってから、その子にスリのテクニックなどを教授する過程で構築される心の高架橋もまたいいんですよ。

自分と同じく、半ズボンの太ももをこする癖をもったその子に自分を重ねていたのでしょう。

そして、生死をかけた三つの仕事は読みごたえ抜群!!!
その一つ一つがとんでもない難易度なんですよ。
ルパン三世とか怪盗キッドでもギリギリいけるかどうかっていうくらいのやつ。
ページをめくるのをやめられない、止まらない。

まさに小説のかっぱえびせんやぁ~~~!

主人公の名前が出てこない理由とは

……そうそう、この小説、主人公の名前が出てこないんですよ。

語り手は主人公の“僕”で、一人称で書かれているんですが、名前を語ることもなければ、他の登場人物から名前を尋ねられることもないんです。

主人公が名前を語らないのはわかりますよ。
自分はこの社会に必要とされていない、自分は何者でもないという諦めが、自分という個を表現する最もありふれた記号としての名前を排除したのです。
でも、誰からも名前を尋ねられないのはおかしいよ、おかしいですよ(ウッソ風に)!

私だったら相手を呼ぶときに困るので、名前は絶対に聞くんですけれどね。

まあ、“おい”とか“お前”とかでも通じますよ。
私はそう呼ぶのも呼ばれるのも嫌いですけどね。

では百歩譲って、名前が気にならない人がいたとしましょう。
でも、一人や二人どころか、全員が相手の名前に頓着しないっていうのはどういうことですか?
その理由を考えると、思い当たることは一つしかないんですよ。
それはつまり、“僕”は誰からも必要とされていないということじゃないんですか?
だとしたら、無性に悲しくなってきます…

と、色々書いてきましたが、この作品は非常に完成度が高いと思います。
善とか悪ってなんだろうか?
生まれた環境や状況で全てが決定されてしまうのか?
価値のない人間は存在するだろうか?

この作品は、そんな容易に答えの出せない疑問に著者が果敢に立ち向かって紡ぎだした、人間とは、人生とは素晴らしいものだ、そうであってくれという著者の希望の結晶のように感じます。

 

注1:他人の体験を通して間接的に見たり聞いたりしたこと。自分が直接、見たり聞いたりして体験し取得した一次情報に比べると格段に情報の質が落ちる。

 

▼この記事が気に入ったらぜひシェアをお願いします!